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小早川秀秋こばやかわひであき

ハイストの「小早川秀秋」のカード画像

人物を知ろう

小早川秀秋こばやかわひであきって、どんな人?

小早川秀秋こばやかわひであきは、関ヶ原せきがはらの戦たたかいで西軍せいぐんから東軍とうぐんに転じ、勝敗しょうはいを大きく動かした大名だいみょうです。豊臣秀吉とよとみひでよしの養子ようしとして育てられました。

生没年
1577年〜1602年
時代
戦国時代せんごくじだい
立場
武士ぶし

ここから知ろう

むずかしい言葉を先に説明

関ヶ原せきがはらの戦たたかい
1600年、徳川家康とくがわいえやすの東軍とうぐんと石田三成いしだみつなりの西軍せいぐんが争った天下てんか分け目の戦いです。
西軍せいぐん
関ヶ原せきがはらの戦たたかいで、石田三成いしだみつなりについた側のことです。
寧々ねね
豊臣秀吉とよとみひでよしの妻。秀秋ひであきはその親族しんぞくとして豊臣家とよとみけに迎えられました。

小早川秀秋こばやかわひであきをもう少し詳しく

小早川秀秋こばやかわひであきは秀吉ひでよしの妻・寧々ねねの親族しんぞくとして豊臣家とよとみけに迎えられ、のちに小早川家を継ぎました。関ヶ原せきがはらの戦たたかいでは西軍せいぐんとして松尾山まつおやまに陣を敷きましたが、戦いの最中さなかに東軍とうぐんへ加わり、勝敗しょうはいを決定づけました。

カードの異名・効果名を歴史から読み解く

カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。

松尾山下まつおやまくだれ

関ヶ原せきがはらの勝敗しょうはいを動かした行動こうどう

松尾山まつおやまは、秀秋ひであきの軍がいた山です。下れは山から下りて戦いに加わるよう命じる言葉ことばです。

この解説が使われているカード

太閤たいこうの御養子ごようし

秀吉ひでよしの家へ入った若い大名だいみょう

秀秋ひであきは豊臣秀吉とよとみひでよしの養子ようしになった人物じんぶつです。養子ようしは血のつながりだけでなく、家どうしの関係かんけいを強くするためにも使われました。

この解説が使われているカード

決断けつだんの号砲ごうほう

松尾山まつおやまでの選択せんたく

伝承・物語

秀秋ひであきは松尾山まつおやまから戦いを見下ろす位置いちにいました。どちらにつくか決めかねていたところへ動きを促され、東軍とうぐんに加わったと伝えられています。

この解説が使われているカード

参考資料

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ハイストの小早川秀秋こばやかわひであきカード

決断の号砲 
小早川秀秋

ハイストの「小早川秀秋」のカード画像

属性

男性・戦国時代・武士・西軍・岡山藩

効果名

松尾山下れ 歴史解説

これを自分の【西軍】,ランク0の効果で手札から山札に戻す時、自分が後攻なら、これを山札に戻さずにただちにセットせずに召喚できる。

太閤の御養子 歴史解説

自分の場のカードを2枚選ぶ。次の相手のターン、それとその上下のカードは全て、相手の効果を受けない。

コラム

太閤の養子ようしってなんだよ!ずっと冷遇されてきた恨み、必ず晴らす!

アプリではこんな問題が出ました

アプリで出題された問題と解説を読んで、このページのカードにまつわる歴史を復習しよう。

若くして秀吉ひでよしの養子ようしとなるも嫡男(ちゃくなん)・秀頼ひでよりが誕生したことで小早川家の養子ようしとなった、関ヶ原せきがはらの勝敗しょうはいを決した松尾山まつおやまの裏切うらぎりで有名ゆうめいな西軍せいぐんの武士ぶしは誰??

答え・解説を読む

答え:小早川秀秋こばやかわひであき

解説

小早川秀秋こばやかわひであきは開戦後せんごしばらく動かず、東軍とうぐんに寝返って戦局を決した人物じんぶつとして知られる。

この問題の答えにあたるカード

出典:ハイストアプリの公開済み過去問。問題と解説は出題時の内容を掲載しています。

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