人物を知ろう
宇喜多秀家って、どんな人?
宇喜多秀家は、豊臣政権の五大老に名を連ね、関ヶ原の戦いで西軍を率いた大名です。敗れた後は八丈島へ流され、江戸時代半ばまで生きました。
- 生没年
- 1572年〜1655年
- 時代
- 戦国時代〜江戸時代初期
- 立場
- 武将・大名
- ゆかりの地
- 備前(現在の岡山県)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 備前
- 今の岡山県の南東部。秀家が治めた土地です。
- 関ヶ原の戦い
- 1600年、徳川家康の東軍と石田三成の西軍が争った天下分け目の戦いです。
- 八丈島
- 東京の南の海にある島。秀家が流された場所です。
宇喜多秀家をもう少し詳しく
宇喜多秀家は幼くして家を継ぎ、秀吉に実の子のようにかわいがられました。備前(今の岡山県)を治め、五大老の一人となりましたが、関ヶ原の戦いで西軍につき敗れ、八丈島へ流されました。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
五大老
豊臣政権を支えた五人の大名
五大老は、秀吉が死んだ後に豊臣政権を支えるため置いた五人の大名です。秀家は若いながら、その一人に選ばれました。
この解説が使われているカード
八丈島興し
島で生きのびた日々
秀家は関ヶ原の戦いの後、八丈島へ送られました。島で長く暮らし、江戸時代半ばまで生きたことが知られています。
この解説が使われているカード
宇喜多騒動<主>
家臣どうしの対立で起きた問題
宇喜多騒動は、秀家の家臣どうしが争い、多くの家臣が去ることになったできごとです。大名の強さは、家臣をまとめられるかにも左右されました。
この解説が使われているカード
西軍の主翼・五大老の意地<宇喜多>
西軍の中心として戦う
主翼は中心となって支える力のことです。秀家は関ヶ原で西軍の大きな部隊を率い、五大老として豊臣家を守る立場から最後まで戦いました。
この解説が使われているカード
参考資料
最終更新日: / 誤りを報告する