人物を知ろう
直江兼続って、どんな人?
直江兼続は、上杉景勝を支え、政治と軍事を担当した家臣です。徳川家康へ送ったとされる直江状という書状や、長谷堂城の戦いから軍を退かせた働きで知られています。
- 生没年
- 1560年〜1620年
- 時代
- 戦国時代〜江戸時代初期
- 立場
- 武将・上杉家の家臣
- ゆかりの地
- 越後・米沢(現在の新潟県・山形県)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 上杉景勝
- 上杉家を率いた大名です。兼続は景勝の家臣として政治や軍事を支えました。
- 書状
- 人へ送る手紙のことです。直江状は、兼続が徳川家康へ送ったとされる書状です。
- 米沢
- 今の山形県米沢市周辺です。上杉家の本拠で、長谷堂城の戦いから退いた軍が戻った場所です。
直江兼続をもう少し詳しく
関ヶ原の戦いの前には、徳川家康に送ったとされる直江状で有名です。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
直江状
家康へ送ったとされる手紙
諸説あり
直江状は、家康の問いかけに対して兼続が出したとされる手紙です。強い言葉が有名ですが、現在の形がどこまで原文かは議論があります。
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長谷堂城撤退戦
山形から米沢へ退いた戦い
長谷堂城の戦いの後、兼続は上杉軍を米沢へ退かせました。追う軍を防ぎながら退く、難しい判断が必要な場面でした。
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朝日軍道
米沢の道づくりと軍の移動
朝日軍道は、上杉家が米沢周辺で使った道に関わる呼び名です。道を整えることは、兵を動かすだけでなく、人や物を運ぶ暮らしにも役立ちました。
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参考資料
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