人物を知ろう
豊臣秀吉って、どんな人?
豊臣秀吉は、織田信長の家来から国の政治を動かす地位まで出世し、全国統一を完成させた人物です。土地と人を調べ、支配の仕組みを整えました。
- 生没年
- 1536年または1537年〜1598年(生年諸説)
- 時代
- 戦国時代〜安土桃山時代
- 立場
- 武将・関白・太閤
- ゆかりの地
- 尾張国、近江、大坂、京都、伏見
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 関白
- 大人の天皇を助けて政治を行う、とても高い役職です。
- 太閤検地
- 田畑の広さや取れる米の量、耕す人を全国で調べた政策です。
- 明智光秀
- 織田信長を本能寺で倒した武将。秀吉に敗れました。
- 信長の家来から出世
- 各地の大名を従える
- 検地と刀狩で支配を整える
豊臣秀吉をもう少し詳しく
豊臣秀吉は本能寺の変後に明智光秀を破り、各地の大名を従えて1590年頃までに全国統一を完成させました。太閤検地や刀狩を進める一方、晩年には朝鮮半島へ二度出兵しました。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
百姓から関白へ・天下一の出世人・出世の神様・立身出世・主の草履・墨俣一夜城
異例の出世と有名な逸話
伝承・物語
秀吉は信長の家臣から大名、関白へ上りました。草履を温めた話や墨俣一夜城は機転を示す逸話として有名ですが、後世の物語で広まった部分があります。
天下統一<豊>・惣無事令・刀狩・大坂城・黄金瓢箪・天下三傑(鳴)・太閤の夢
全国統一を支えた政策
秀吉は大名同士の私戦を禁じ、検地や刀狩で土地・身分の支配を整えました。大坂城は政権の中心となり、権威を示す巨大な城でした。
文禄・慶長の役
晩年の朝鮮出兵
秀吉は明の征服を目指して1592年と1597年に朝鮮半島へ軍を送りました。日本・朝鮮・明に大きな被害と負担を残し、秀吉の死後に日本軍は撤退しました。
この解説が使われているカード
参考資料
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