人物を知ろう
今川義元って、どんな人?
今川義元は、駿河を中心に東海道で大きな力を持った戦国大名です。国を治める決まりを整えましたが、桶狭間の戦いで織田信長に敗れました。
- 生没年
- 1519年〜1560年
- 時代
- 戦国時代
- 立場
- 武将・戦国大名
- ゆかりの地
- 駿河・遠江(現在の静岡県)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 駿河
- 今の静岡県の中部。義元の本拠があった土地です。
- 東海道
- 江戸から京都を結んだ道すじ。今の東京から京都にあたります。
- 桶狭間の戦い
- 義元が織田信長に敗れた戦いです。
今川義元をもう少し詳しく
義元は、駿河・遠江・三河に勢力を広げ、領地の決まりを整えた大名です。武田氏・北条氏とは三国同盟を結び、東海道の広い地域を治めました。1560年に桶狭間の戦いで信長に討たれますが、「大軍で油断した弱い大名」という姿は後世に作られたイメージです。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
今川仮名目録追加二十一条
「追加二十一条」には何が書かれたの?
父・氏親が定めた今川仮名目録に、義元が二十一条を加えた領国の法律です。土地の争いや家臣の行動を、今川家の決まりで裁くことなどを示しました。義元は戦うだけでなく、文章にしたルールで領地を治めようとしたのです。
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甲相駿三国同盟
三国同盟で、何が変わったの?
甲斐の武田、相模の北条、駿河の今川が、婚姻関係を結んで争いをおさえる同盟です。義元は北と東の大名との戦いを減らし、西の三河へ力を向けやすくなりました。ただし、三家がずっと仲良しになったわけではありません。
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寄親・寄子制
本当の親子をつくる制度なの?
いいえ。血のつながりではなく、有力な武士を「寄親」、その下につく武士を「寄子」と呼んで組にする仕組みです。大名が一人ずつ命令するのではなく、まとまりを作って家臣を動かしやすくしました。
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参考資料
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