人物を知ろう
立花宗茂って、どんな人?
立花宗茂は、九州で活躍した武将です。関ヶ原の戦いの後に領地を失いましたが、のちに柳川の大名へ戻ることができました。
- 生没年
- 1567年〜1643年
- 時代
- 戦国時代〜江戸時代初期
- 立場
- 武将・大名
- ゆかりの地
- 筑後(現在の福岡県南部)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 関ヶ原の戦い
- 1600年に今の岐阜県関ケ原町周辺で起き、天下の行方を決めた戦いです。
- 柳川
- 立花宗茂が治めた城下町です。現在の福岡県柳川市にあります。
- 大名
- 広い領地と家臣を持ち、地域を治めた武士のリーダーです。
立花宗茂をもう少し詳しく
宗茂は高橋家に生まれ、立花家を継ぎました。豊臣秀吉の九州平定で功績を認められ、柳川を治めます。関ヶ原の戦いでは西軍についたため領地を失いましたが、徳川家に仕えて働き、1620年に再び柳川の領主となりました。戦国大名が失った旧領へ戻った、めずらしい例です。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
柳川返り咲き
どうして柳川へ戻れたの?
宗茂は関ヶ原の戦いで西軍につき、柳川の領地を失いました。その後は徳川家のもとで働き、大坂の陣などで役目を果たします。1620年、再び柳川の領主となりました。「返り咲き」は、いったん失った地位へ戻ったことを表します。
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二人の父の薫陶
「二人の父」はだれ?
一人は実の父・高橋紹運、もう一人は立花家を継ぐきっかけになった立花道雪です。宗茂は高橋家に生まれ、道雪の娘・誾千代と結婚して立花家を継ぎました。「薫陶」は、人から教えを受けて育つことです。
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火車懸
「火車懸」は、どんな戦い方?
伝承・物語
火車懸は、部隊を次々に入れ替えながら攻める宗茂の戦法として、後世の軍記などに登場する呼び名です。ただし、実際の戦場でどのように行われたかを同時代の史料だけで細かく再現することはできません。カードでは、宗茂のすばやい攻めを表す言葉として読めます。
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参考資料
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