人物を知ろう
北条早雲って、どんな人?
北条早雲は、伊豆と相模を治め、後北条氏の土台をつくった最初の戦国大名です。実力で一国の主となった歩みは、戦国時代のはじまりとされています。
- 生没年
- 1432年〜1519年
- 時代
- 戦国時代
- 立場
- 武将・戦国大名
- ゆかりの地
- 伊豆・相模(現在の静岡県東部・神奈川県)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 伊豆
- 今の静岡県の東部。早雲が最初に手に入れた土地です。
- 相模
- 今の神奈川県。早雲が勢力を広げた先です。
- 下剋上
- 下の身分の者が、上の者を実力で越えることです。
北条早雲をもう少し詳しく
北条早雲は、当時は伊勢宗瑞などの名を使っていました。1493年に伊豆へ攻め入り、やがて相模へ勢力を広げます。以前は「名もない浪人が一代で国を奪った」と語られましたが、現在は幕府に仕えた伊勢氏の出身とみる研究が有力です。実力で領地を広げたことは確かでも、昔の人物像をそのまま事実とはできません。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
早雲寺殿廿一箇条
二十一条は、本当に早雲が書いたの?
諸説あり
早起き、正直、読書など、毎日の心がけを二十一項目にまとめた教えです。早雲の教えとして伝わりますが、早雲自身が書いたと証明できる史料はありません。「早雲に結びつけて伝えられた家訓」と考えるのが安全です。
この解説が使われているカード
小田原火牛の計
牛を使ったとされる攻め方
伝承・物語
牛に火を付けて城を攻めたという話は有名です。しかし同時代の確かな記録では確認しにくく、伝説として読む必要があります。
この解説が使われているカード
伊豆討ち入り
なぜ伊豆へ攻め入ったの?
伊豆では、堀越公方の家の中で争いが起きていました。早雲はその混乱に乗じて1493年に攻め入り、時間をかけて伊豆を支配しました。一度の戦いですぐ一国を手に入れた、という単純な話ではありません。
この解説が使われているカード
第一の戦国大名・下剋上の嚆矢・戦国の魁
なぜ「戦国の魁」と呼ばれるの?
「嚆矢」と「魁」は、どちらも「ほかの人より先に始めた人」という意味です。早雲が伊豆・相模へ勢力を広げた歩みは、戦国大名が生まれる早い例の一つとされます。ただし、早雲一人が戦国時代を始めたわけではありません。
相模統一・御由緒六家
伊豆から相模へ
早雲は伊豆から相模へ進み、後北条氏が小田原を中心に関東を治める土台をつくりました。「御由緒六家」は、早雲の時代から仕えたと伝わる六つの家を指す後世の呼び方です。
二十一条の家訓
家訓には何が書かれているの?
諸説あり
早く起きる、うそをつかない、本を読むなど、武士だけでなく今の生活にもつながる具体的な心得が並びます。ただし、早雲が自分で作ったとする確かな証拠はないため、伝承を含む資料として読みます。
この解説が使われているカード
参考資料
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