人物を知ろう
藤堂高虎って、どんな人?
藤堂高虎は、高い石垣と広い堀をもつ城を数多く手がけ、「築城名人」と呼ばれた武将です。仕える主君を何度も替えながら、自分の力を生かせる場所を求めました。
- 生没年
- 1556年〜1630年
- 時代
- 戦国時代〜江戸時代初期
- 立場
- 武将・大名・築城家
- ゆかりの地
- 近江・伊予・伊勢(現在の滋賀県・愛媛県・三重県)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 近江
- 今の滋賀県。高虎が生まれ育った土地です。
- 今治城
- 高虎が海のそばに築いた城。今の愛媛県にあります。
- 石
- 米の量をはかる単位。一石はおとな一人が一年に食べる量で、今の約150kgにあたります。
藤堂高虎をもう少し詳しく
高虎は近江の小さな武士の家に生まれ、浅井・豊臣など複数の主君に仕えました。主家が滅びたり当主が亡くなったりしたため仕える先を変え、最後は徳川家康から深く信頼されます。今治城、津城、伊賀上野城のほか、江戸城など多くの築城や修築に関わりました。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
層塔型天守
層塔型天守は、何が違うの?
層塔型天守は、同じ形の階を上へ行くほど小さく重ねる、見通しのよい造りです。高虎はこの形の天守で知られますが、一人で全国へ広めたと決めつけることはできません。カードでは、高虎の築城技術を表す言葉として使われています。
この解説が使われているカード
四国鎮圧
四国を豊臣方に従わせる戦い
豊臣秀吉が四国をおさめる戦いで、高虎は軍の一員として働きました。戦いの後も、城や土地を整える役目を果たしました。
この解説が使われているカード
天下の築城名人
なぜ「築城名人」と呼ばれるの?
高虎は今治城を築き、津城・伊賀上野城を直したほか、家康の命令で江戸城など多くの工事に関わりました。一つの城だけでなく、各地で城の設計や工事を任された実績から「築城名人」と呼ばれています。
この解説が使われているカード
戦国一の世渡り上手・己が才の輝く場所へ
主君を何度も裏切ったの?
高虎が複数の主君に仕えたのは事実ですが、主家が滅んだり当主が亡くなったりした場合もあり、すべてを裏切りとはいえません。城づくりや戦いの力を認められ、最後は家康から大切な場所を任されました。「世渡り上手」だけで片づけると、その事情を見落とします。
三十二万石の大男・吹き揚げる信頼
「三十二万石」と「大男」は本当?
伝承・物語
高虎の領地は、家康の死後に約32万3千石まで増えました。これは資料で確認できます。一方、体がとても大きかったという話は後世の伝承を含むため、石高と同じ確かさでは扱えません。カード名は二つの話を組み合わせています。
出世の白餅
白い餅で出世したの?
伝承・物語
若く貧しかった高虎が餅屋に助けられ、出世後に恩を返したという話です。「白餅」は「城持ち」と音が似ているため、出世物語として親しまれました。おもしろい逸話ですが、同時代の史料で確かめられた出来事ではありません。
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参考資料
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