人物を知ろう
武田勝頼って、どんな人?
武田勝頼は、武田信玄の子として武田家を継いだ戦国大名です。父の死後も戦いを続けましたが、長篠の戦いなどで苦しくなり、武田家は滅びました。
- 生没年
- 1546年〜1582年
- 時代
- 戦国時代
- 立場
- 武将・戦国大名
- ゆかりの地
- 甲斐・信濃(現在の山梨県・長野県)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 甲斐
- 今の山梨県。武田家の本拠があった土地です。
- 武田信玄
- 勝頼の父。「甲斐の虎」と恐れられた戦国大名です。
- 鉄砲
- 戦国時代に伝わった、火薬を使う武器です。
武田勝頼をもう少し詳しく
勝頼は父・信玄の死後も領地を広げ、高天神城を攻め落とすなど力を見せました。しかし1575年の長篠の戦いで大きな損害を受け、その後は家臣の離反も重なります。新府城を築いて立て直そうとしましたが、1582年に織田・徳川軍の攻撃を受け、武田家は滅びました。「長篠で負けた弱い大将」だけでは説明できない人物として、現在も研究が進められています。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
長篠の戦い
長篠の戦いは、鉄砲だけで負けたの?
いいえ。織田・徳川軍は鉄砲を使っただけでなく、馬防柵や堀、土を盛った守りをつくり、武田軍が攻めこみにくい場所で待ち受けました。鉄砲の数や撃ち方には議論がありますが、地形と守りの準備も勝敗に関わったと考えると、戦いの様子が見えやすくなります。
この解説が使われているカード
強過ぎた大将
勝頼は本当に「強過ぎた」の?
諸説あり
「強過ぎた大将」は、史料で確認できる勝頼の異名ではなく、カード独自の表現です。勝頼は父・信玄のあとを継ぎ、高天神城を攻め落とすなど勢力を広げました。一方で長篠の戦いに敗れ、最後には武田家が滅びています。勝頼をただの弱い武将と決めつけず、成功と失敗の両方から見直す研究が進んでいます。
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参考資料
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