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北条時宗ほうじょうときむね

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人物を知ろう

北条時宗ほうじょうときむねって、どんな人?

北条時宗ほうじょうときむねは、モンゴル帝国ていこくの軍が二度にど日本へ攻めてきたとき、鎌倉幕府かまくらばくふの中心ちゅうしんで守りを指揮した人物じんぶつです。

生没年
1251年〜1284年
時代
鎌倉時代かまくらじだい
立場
鎌倉幕府かまくらばくふ第8代執権しっけん
ゆかりの地
鎌倉かまくら、九州きゅうしゅう北部

ここから知ろう

むずかしい言葉を先に説明

執権しっけん
鎌倉幕府かまくらばくふで将軍を助け、実際じっさいの政治せいじを動かした役職やくしょくです。
文永ぶんえいの役えき
1274年、元の軍が初めて日本へ攻めてきた戦いです。
恩賞おんしょう
戦いで働いた武士ぶしに与える土地とちやほうびです。

北条時宗ほうじょうときむねをもう少し詳しく

北条時宗ほうじょうときむねは若くして執権しっけんとなり、元から国書が届く中で防衛体制たいせいを整えました。文永ぶんえいの役えきと弘安の役を退けましたが、戦後せんごの恩賞おんしょう問題もんだいは幕府ばくふに重い課題を残しました。

カードの異名・効果名を歴史から読み解く

カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。

日本にほんを救すくった若わかき執権しっけん・元寇げんこう

二度にどの蒙古襲来もうこしゅうらいに備える

時宗は異国警固番役を強化し、博多湾岸に石築地を築かせるなど、再度の襲来に備えました。二度にどの戦いは文永ぶんえいの役えき・弘安の役と呼ばれます。

元寇げんこう

勝利しょうり後に残った恩賞おんしょう問題もんだい

元寇げんこうは領土を奪う戦いではなかったため、新しい土地とちを御家人への恩賞おんしょうにしにくく、幕府ばくふと御家人の関係かんけいが揺らぐ一因になりました。

この解説が使われているカード

参考資料

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ハイストの北条時宗ほうじょうときむねカード

日本を救った若き執権 
北条時宗

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属性

男性・鎌倉時代・武士・執権

効果名

元寇 歴史解説

次の相手のターン、相手は攻撃できない。 自分の場に〈フビライ=ハン〉がある場合、相手の山札の上から1枚墓地へ送る。

コラム

鎌倉幕府かまくらばくふの執権しっけんとして元から日本を守ったが、その際の恩賞おんしょうをめぐって御家人たちの不満が高まり、のちに鎌倉幕府かまくらばくふは滅亡した。