人物を知ろう
伊達政宗って、どんな人?
伊達政宗は、奥州で勢力を広げ「独眼竜」と呼ばれた戦国大名です。豊臣秀吉と徳川家康に従った後は、仙台の町づくりを進めました。
- 生没年
- 1567年〜1636年
- 時代
- 戦国時代〜江戸時代初期
- 立場
- 武将・仙台藩主
- ゆかりの地
- 陸奥(現在の宮城県周辺)
ここから知ろう
むずかしい言葉を先に説明
- 奥州
- 今の東北地方。政宗が勢力を広げた地域です。
- 城下町
- 城のまわりに、武士や商人が住むように整えられた町です。
- 小田原攻め
- 秀吉が関東の北条氏を降した戦い。政宗は参陣が遅れました。
伊達政宗をもう少し詳しく
政宗は18歳で伊達家を継ぎ、周りの大名と戦って南東北に勢力を広げました。1590年に秀吉の小田原攻めへ加わり、その支配に従います。関ヶ原の戦い後は仙台城と城下町をつくり、新田や港を整えて仙台藩の土台を築きました。若い戦国武将から、町と領地を育てる大名へ変わった人物です。
カードの異名・効果名を歴史から読み解く
カードに登場する言葉が、史実や伝承の何を表しているのかを解説します。
仙台城
仙台城は、なぜ青葉山に造ったの?
青葉山は川と崖に囲まれ、敵が攻めにくい場所です。政宗は1600年に城づくりを始め、武士や町人を移して城下町も整えました。現在の仙台の町は、この城と町づくりを大きな出発点にしています。
この解説が使われているカード
男伊達
「男伊達」は政宗だけの呼び名?
男伊達は、派手な姿や勇気、義理を重んじる男性を表す言葉で、政宗だけの正式な異名ではありません。「伊達」という言葉に重なるため、政宗の華やかな装いや大胆な人物像と結びつけたカードの表現です。
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人取橋の戦い
人取橋の戦いで、政宗は勝ったの?
政宗は周りの大名の連合軍と戦い、数で大きく上回られて苦戦しました。伊達軍は多くの被害を受けましたが、相手が引き上げたため滅びずにすみます。はっきりした大勝利というより、危機を生き残った戦いです。
この解説が使われているカード
独眼竜・月光斬撃の独眼竜
「独眼竜」は当時からの名前?
諸説あり
政宗が幼いころ天然痘にかかり、右目を失明したことは仙台市博物館も紹介しています。「独眼竜」は片目の勇将を表す中国の故事にちなむ呼び名ですが、政宗が生きていた当時の正式な異名と確認できるものではなく、後世に広まった人物像です。
白装束
白装束で秀吉に会ったの?
伝承・物語
政宗が小田原攻めへの参加を決め、秀吉に従ったことは確かです。一方、死を覚悟した白装束で現れたという細かな場面は後世の物語として有名になったもので、同時代の史料だけでは確かめられません。
この解説が使われているカード
見果てぬ天下取りの夢・飛竜乗雲・竜騎兵
政宗は天下を取りたかったの?
諸説あり
政宗が家を継いだころ、信長や秀吉による全国統一はかなり進んでいました。政宗が天下を取る夢を本人の言葉で詳しく残したわけではなく、「生まれるのが遅かった」という話も後世の人物像を含みます。「飛竜乗雲」は機会を得て才能を発揮するという意味です。
この解説が使われているカード
参考資料
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